201703
Wednesday
小さなころからギターと言えばエレキギターで
バンドでアコギを弾いている人を信じられなかった。
さして音も聴こえないのに、なぜあんなものをぶら下げているのだろう。
大きくなって、チープスリルを見て、その考えはガラッと崩れたのだが、
バンド。
バンドをずっとやりたい少年であった。
バンドのグループとしての見せ方として、
メンバーそれぞれの個性がぶつかり合って、それが唯一無二の新しいものになる、的なものと
1人の絶対的メンバーがいて、その人の音楽をメンバーが作りあげていく、的なものに
分かれる。
どちらも、良いバンドはたくさんある。
バンドを始めたころ、どちらかというと、カウチポテトは後者で在りたいね、とメンバーと話をしていた。それがそのまま今に続いているのだが、
結成したころから、いわゆるバンドぽいグループではなかった。
そういうバンドは少なかった。
個性と個性のぶつかり合い、みたいな画のほうがかっこよく見えるからだろう。
ただ、最近のまわりのバンドを見ていると
バンドの見せ方ではなく、在り方は昔に比べ変わってきているように思える。
うまく言葉で言えないが、
一蓮托生を背負ったような、メンバー一人一人がバンドの中で在ることでしか機能できないのではなく、
個々が集まってバンド(集合体)を作っているように見えるのだ。
きっと、それぞれがツイッターやらinstagramをやり、
個人でいくらでも音楽を創作できるようになったからだと思う。
カウチポテトも、そうなってきたように感じる。
だから、すごく自然で、新鮮なのだ。
最期に、余談を。
そういえば、吾妻光良さんの本で読んだのだが、
吾妻さんが、敬愛するゲイトマウスブラウンにCDを見せたところ、
楽器の編成を見て、このメンバーはいらないんじゃないか、と言われたそうで、
何故要るのか訊いた問いに、吾妻さんは「友達だからです」と答えたそうである。
そしてその答えにゲイトマウスブラウンも「それじゃ、しょうがないねぇ」と答えた。
このやりとりの話が好きで、これこそバンドの醍醐味じゃないか、と思う。
※テーマ「バンド」
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